「2度と戻らない青春」「儚い一瞬の輝き」そんな紋切り型の言葉を使って青春映画を語るのはいささか気恥ずかしくて抵抗があるが、この映画にたいしては素直にそんな言葉で表現したくなる。
何気なくて、切なくて、愛おしくて、まさに夢のように儚い青春の輝きがどこにでもいそうな普通の少女の姿を借りてフィルムに定着されている。
愛媛県松山市が主催する「坊ちゃん文学賞」の第4回大賞を受賞した敷村良子の原作をピンク映画出身の磯村一路が脚色および監督をした作品である。
背景となるのは今を遡ること約20年ほど前、1976年の松山市。
主人公の篠村悦子(田中麗奈)が高校へ入学するところから物語は始まる。
県内有数の進学校である伊予東校に入学を果たしたものの、悦子の気持ちはいまひとつ不確かで、何に対しても情熱が持てず、中途半端な状態にある。
勉強も得意ではなく、むしろ落ちこぼれに近いところにいる。
そんな彼女が近くの海で偶然目にしたボートの練習に惹かれ、ボート部への入部を決意する。
しかし目指すボート部に女子部はなく、仕方なく彼女ひとりで急造の女子部を造ることになる。
そして苦労して数人の仲間を集めるが、どの少女もスポーツとは無縁な子ばかりで、とてもボートを漕げそうには思えない。
そんな少女たちが悪戦苦闘しながらも次第にボートを漕げるようになっていく姿を追っていく。
新人戦までという約束で頭数だけ揃えたような急造チームが時間とともにそれなりの恰好になっていく様子が彼女たちの日常とからめながら淡々と描かれていく。
このリズムとテンポがいい。
古い街並みの残る松山の町のゆっくりとしたリズムに合わせるように物語が進んでいく。
それがあまり熱心ともいえない彼女らの練習風景にも似合っている。
練習帰りのお好み焼き屋でのたわいのないおしゃべり。
悦子と幼なじみの男の子との淡い恋心と反撥。
体調不良になった悦子をその男の子が自転車で送っていくシーンの心のときめき。
さらに夏の合宿でのエピソードの数々。
寝つかれない合宿所を飛び出して浜辺で無邪気に花火に興じる少女たち。
料理担当の少女のポツリともらす一言、「合宿ってええな、みんな一緒で」にこめられた思春期特有の孤独と人恋しさ。
万燈会と呼ばれる寺の行事にそろって訪れた際の無数のロウソクの美しさ。
こうしたスケッチがボートの練習や試合の間にはさまれて描かれる。
そしてまたそれと同じくらいのウェイトで瀬戸内の海の美しさも描かれる。
穏やかで波のない瀬戸内特有の海を滑るように走っていくボートの静かな美しさ。
コックの「キャッチ、ロー、キャッチ、ロー」という掛け声に合わせて水を切っていくオールの規則正しい動き、それに合わせて飛び立つ飛沫をカメラはスローモーションで追っていく。
まるで潮の匂いと水の冷たさが伝わってくるような映像である。
少年時代を瀬戸内で過ごし、いまはそこを離れてしまった私にとって、もうこれだけで手放しで見惚れてしまうのだ。
そして思わず過ぎ去った時間の貴重さを思ってしまう。
こうした至福の時間というものはけっして特別なものではなく、誰の人生にも等しく用意されたものである。
だからこそ、こうした物語に誰もが等しく心震えるのである。
この映画を観ながら同じ瀬戸内を舞台にした青春ドラマということで「青春デンデケデケデケ」を連想してしまったけれど、あのドラマにあった熱に浮かされたような熱いものはここにはない。
同じ若さの情熱でももっと淡々としているといおうか、あっさりしているといおうか、それは男の子と女の子の違いなのかもしれないし、また1960年代と70年代という時代の違いのせいなのかもしれない。
しかしそれでいて底に流れるピュアな心情には共通のものがある。
打算や欲得とは無縁の自らの情熱だけに忠実であろうとする姿。
何か思いきり打ち込めるもの、情熱を向けられるものを模索する真剣な姿はどちらも変わりがない。
思春期の少年、少女というものは特異な時間を生きている。
幼児期には親密な存在であった世界というものが打って変わって正体不明の重さを持ち始め、その重さに押しつぶされまいと必死になって耐えている。
そんな時間を彼らは感受性というバリアを張りながら懸命に生きている。
だからこそ、その時間は輝きに満ちちたものになり、かけがえのないものになってくる。
そしてそうした危うく儚い一瞬を精いっぱい生きようとする少女たちを思わず抱きしめたくなるような共感をおぼえてしまうのだ。
毎年、新学年の始まりに講堂で行う儀式、生徒会長の「がんばっていきまっしょい!」の掛け声に合わせて生徒全員が唱和する「しょい!」というエールをそのまま少女たちに送りたい気分になるのである。
製作 周防正行 監督・脚本 磯村一路 原作 敷村良子
撮影 長田勇市 編集 菊地純一 美術 磯田典宏
音楽 リーチェ 音楽監督 竹田元
出演 田中麗奈/真野きりな/清水真実/葵 若菜/久積絵夢
中嶋朋子/松尾政寿/大杉漣/ベンガル/森山良子/白竜/神戸浩
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