映画エッセイ
 
 
池袋 文芸座 

 先日の朝刊に、池袋の文芸座が閉館になるという記事がでていた。 
 またひとつ映画の灯りが消えていく。 
 地道に支え続けてきたのだろうが、やはり時代の流れには逆らうことができなかった。 
 こうやって映画を支えている良質なものがひとつひとつ崩れ落ちるようになくなっていく。 
 <文芸座>は、こちらも今はもうなくなってしまった<人世座>とともに、作家の三角寛がやっている映画館としてよく知られ、多くの映画ファンに支持され続けた映画館である。 
 いわゆる名画座と呼ばれる映画館のひとつで、当時よく通ったのはこの他にも<銀座並木座><渋谷全線座><京王名画座>などがあり、古い名画を探してはよく観たものだ。 
 安い料金で観られるこれらの映画館は金のない学生たちにとってはありがたい存在であった。 
 なかでも<文芸座>は特色あるプログラムを組むことで有名で、映画青年のほとんどがお世話になったのではないかと思う。 
 また、深夜興業を始めたパイオニアとしても知られており、様々な特集を組んだ深夜興業に私もよく通ったものだ。 
 「人間の条件」全6部作を全巻通して観たのもこのオールナイト上映であった。 
 五味川純平のベストセラーの映画化作品で、昭和三十四年から三年を費やして作られた大作である。 
 つごう九時間二十七分の長編を間に休憩をはさみながら十時間以上かけて観たのだが、その骨太で重厚な画面に圧倒され続けた。 
 劇場の扉を押して夜明けの街に出たときは、まるでたったいま戦場をかけずりまわっていたのではないかと思うほど憔悴しており、呆然とした状態であった。 
 強烈な映画体験であった。 

 内田吐夢監督「宮本武蔵」全5部作一挙上映を観たのも同様の特集であった。 
 吉川英治原作の「宮本武蔵」の数ある映画化作品の中でも、これは白眉のものであり、内田吐夢のライフワークともいえる作品である。 
 1年1作のペースで作られたこの作品を、私は中学から高校にわたる5年間で観たのだが、この特集によってあらためて全編を通して観ることになったのである。 
 作品の完成度の高さは東映時代劇のなかのひとつの頂点を示すものであり、特に第4部「一乗寺下がり松の決闘」の大立ち回りは素晴らしく、黒澤明の「七人の侍」の合戦シーンとともに映画史上最高の名場面であろう。 
 この映画の上映中に、なんと台風の影響で2時間以上も停電してしまい、予備の自家発電機も動かず、ローソクの灯りのなかでただ黙って待ち続けるというハプニングがあった。 
 台風が接近中というにも関わらずオールナイトで映画を観に行くというのも何とも間の抜けた話だが、それほど映画に熱中していたということで、それも今となっては懐かしい思い出である。 
 こういった文芸座独自のプログラムによって、埋もれた佳作、奇作、を知り、多角的に映画を観ることができたと思う。 
 とぼしい金を工面しながらこの映画館に通った日々をこうして思い返してみると、ここでたくさんのことを学ぶことができたのだということにあらためて気づかされる。 
 少し感傷的な言い方になるが、さらば、わが青春の文芸座!と言いたい。

 
 
 
 
 
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