天守閣の暗闇で三年の時を過ごした武蔵のもとに、沢庵が現れる。
こうして暗闇で生まれ変わった武蔵は、沢庵の手によって再び広い世間へと連れ戻されていく。
青年、宮本武蔵の旅立ちである。
彼は腰の剣を握りしめてこう決意する。
「弧剣、そうだこれに生きよう。これを魂として常に磨き、どこまで人間としておのれを高めうるか・・・・・。恃むはただこのひと腰、青春21、遅くはない。」
未知の世界へ踏み出そうとする心引き締まるような決意と期待、さらに自らの運命を切り開いていこうとする青年らしい侠気が爽やかに伝わってくる。
ここから武蔵の波瀾万丈の人生が始まることになる。
さらに数年の武者修行を経た後、武蔵は京都の名門、吉岡道場に現れる。
室町以来の名門、吉岡道場に挑むことで自らの修行の成果を見ようとした武蔵だが、当主の吉岡清十郎は不在で、高弟たち相手の試合だけに終始するが、彼らは武蔵の敵ではなかった。ただ意味もなく、傷ついた門弟の数が増えるばかりであった。
危機感をもった吉岡一門は清十郎の帰宅前に決着をつけようと武蔵のだまし討ちを画策する。だが、それを見破られ、武蔵は忽然と姿を消してしまう。
この後、武蔵は奈良の宝蔵院を訪れる。
槍で名高い宝蔵院は全国から腕におぼえのある侍たちが日々集まっては試合を挑んでいる。
だがどの侍も打ち据えられ、ある者は命を落とし、ある者は重傷を負うといった光景が繰り広げられている。
居並ぶ侍たちは恐れをなして次第に立ち合う者がいなくなる。
そして武蔵に順番がまわってくる。
彼は静かに立ち上がり、木刀を手に取ると、槍の名手、阿厳(山本麟一)の前へと進み出る。
当然辞退するものと見ていた阿厳は一撃で決着をつけようと、大きく槍を振り回し、裂帛の気合いとともに武蔵に撃ちかかっていく。
そうした攻撃を予期していた武蔵はその槍をみごとにかわし、逆に木刀で阿厳の額に一撃を加える。
血を吹き倒れる阿厳。この間わずか数秒の立ち合いではあるが、張りつめた緊張感と迫力が画面を支配する。
まさに真剣勝負の呼吸である。
こうして武蔵は勝ち、試合後、寺の高僧、日観(月形龍之介)に丁重に別室へと招かれる。
寺の習いとしての茶粥をふるまわれたその席で武蔵は日観から「強すぎる、あまりに強すぎる」といった言葉をかけられる。
さらに続けて禅問答のように「もっと弱くならなければならない」と諭される。
実はこの立ち合いの直前に、道場までの道すがら、偶然、日観が畑を耕す側を通り抜たのだが、その時、武蔵は年老いた日観から異様な殺気を感じとり、とっさの判断で跳躍をしてその殺気を避けたのである。
その時の武蔵のとった行動を日観は次のように説明する。
それは日観が発した殺気ではなく、武蔵自身の殺気を日観の身体を通して武蔵が勝手に感じただけだというのである。
すなわち武蔵は単なる影法師に驚いただけであり、武蔵のひとり相撲にすぎなかったのだと指摘する。
だからこそ、強すぎる、もっと弱くなれと日観はいうのである。
愕然とする武蔵。強いということだけが絶対の真理だと信じていた武蔵にとっては思いもよらない指摘であり、彼にとってはまた新たなる課題が生じることになったのである。
結局、高いものを目指す武蔵の修行には常にこうしたことがつきまとい、強くなればなるほど新たな壁にぶちあたっていくことになる。
こうやってストイックな自己錬磨が繰り返されることで、次第に高いレベルの世界へと近づいていくことになる。
いかに武蔵の目指す世界が遠大で果てしのないものであるのかが、こうした挿話によって暗示されていく。
まさに仏教的な苦行の世界と同様の道を武蔵は歩んでいるのである。
青年武蔵の悩みは果てしなく続く。
さらに武蔵の修行と平行して、お通、又八、朱実、吉岡清十郎といった若者たちの青春も同時に描写されていく。
そしてどの青春も満たされたものではなく、武蔵同様、迷い、悩める青春だということが明かされる。
お通は愛する武蔵に受け入れられることがないと知りながら、それでも武蔵の姿を求めて旅を続ける。
又八はお甲の色香に惑わされ、親を捨て、故郷を捨て、世間の汚辱にまみれた放埒な生活に溺れている。
朱実は母親お甲の言うがままに遊興の世界に身を沈め、それでも武蔵の面影を追い求めている。
そして吉岡清十郎は名門の子としての重圧に押しつぶされそうになりながらも、なんとか自分を誤魔化すことでかろうじて今の自分を持ちこたえている。
このように重いものを背負ったそれぞれの青春が武蔵の姿と交錯しながら語られていく。
「宮本武蔵」という物語は武蔵の成長を描いた物語であるのと同時に、こうしたさまざまな青春群像を描いた物語でもあるということがよく分かる。
こうして物語は佳境の般若坂の死闘へと進んでいく。
ここでは奈良にたむろする不良浪人の一団と、さらには宝蔵院の僧たち相手の闘いが繰り広げられるが、この場面のリアリズムあふれた立ち回りは圧巻である。
これは一乗寺の決闘につぐ見せ場といえる。
ここでも錦之助の立ち回りの見事さに圧倒される。
一乗寺ほどの長さがないのが多少物足りなくも感じられるが、それだけに逆に凝縮された動きが見られるわけで、これは何度見ても唸らせられる。
そして今更ながら錦之助の天才的な立ち回りのうまさに感心させられる。
剣の鋭さはまさに武蔵そのものである。
製作 大川博 原作 吉川英治 脚本 鈴木尚之/内田吐夢
撮影 坪井誠 音楽 伊福部昭 美術 鈴木孝俊
出演 中村錦之助/入江若葉/木村功/丘さとみ/木暮三千代/三國連太郎
花沢徳衛/浪花千栄子/山本麟一/月形龍之介/阿部九州男/江原真二郎
佐々木孝丸/香川良介/南廣/黒川弥太郎/大前均/河原崎長一郎
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