1962年東宝作品
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監督・製作: 成瀬巳喜男 製作:
藤本真澄/ 寺本忠弘
原作: 林芙美子 脚本: 井手俊郎/
田中澄江
撮影: 安本淳 美術: 中古智
編集: 大井英史 音楽: 古関裕而
出演: 高峰秀子/ 田中絹代/ 宝田明/
加東大介
小林桂樹/ 草笛光子/ 仲谷昇/
伊藤雄之助
多々良純/ 織田政雄/ 加藤武/
文野明子/ 飯田蝶子 |
1930年に刊行されベストセラーになった林芙美子の自伝的小説「放浪記」を映画化した作品。
監督は名匠、成瀬巳喜男、主人公の林芙美子を演じるのは高峰秀子、あの名作「浮雲」と同じ原作者、監督、主演女優である。
物語は行商人の娘として生まれた林芙美子が各地を転々とし、貧乏の中で書くことだけはあきらめず、やがて作家として成功するまでを描いている。
行商人、夜店の商人、女工、カフェの女給と生活のために次々と職を変えていく。
そしてそんな放浪のなかで出会った男たちと恋愛を重ね、尽くしながらも結局は破綻してしまう顛末が丹念に描かれていく。
だがそんな苦境にあっても書くことだけはやめない。
ひたすら書き続ける。
それが彼女にとっての唯一の生き甲斐であり、生きていることの証でもあるかのように。
日々の生活の中での実感、不平不満、恨みつらみ、生きる歓びや悲しみ、ありとあらゆる思いを書き連ねていく。
そんな彼女の逞しさ、強さ、そして同時にどうしようもない男ばかりを繰り返し好きになってしまう愚かしさが、高峰秀子が演じることで俄然説得力をもって迫ってくる。
「浮雲」で別れるに別れられない女心の複雑さを演じ切った高峰ならではの説得力に満ちた演技である。
なかでも宝田明演じる肺病やみの小説家との同棲生活のくだりはとくに印象に残る。
男が書いた原稿を何とか売り込もうと出版社まわりをする芙美子だったが、どこに行っても門前払いで、原稿はいっこうに売れない。
そんな芙美子の苦労を認めようとはせず、それどころか売れない苛立ちを芙美子にぶつけてしまう。
そんな理不尽な仕打ちを受けながらも芙美子は生活費を工面しようと奔走する。
そして男に少しでも栄養をつけさせようとごちそうを用意するが、男はそれには手もつけずひっくりかえしてしまう。
愛想を尽かした芙美子は男のもとを去るが、数日すると芙美子が働くカフェに男が現れ、弱々しく復縁を乞う。
まるで飼い主に見放された犬が憔悴しきって現れて、哀願するような情けなさに芙美子は仕方なくほだされてしまう。
こうして元の鞘に収まることになるのだが、ふたりの生活に道が開かれることはなく、結局は同じ事の繰り返しに終わってしまう。
そういった結末しかないのだと分かっていながらも、芙美子はそんな男しか愛せない。
実は芙美子には彼女を秘かに愛する実直な男がいて、芙美子の身を案じて、何くれとなく世話をしようと申し出るのだが、彼女はそれを受け入れようとはしない。
男の気持ちは痛いほど分かっているのだが、彼女の心がそれを拒否してしまう。
そして結局は駄目な男との生活を選んでしまうのだ。
この対比が見事である。(加東大介がこの実直な男を演じて名演を見せている。)
そしてこの対比によって芙美子の複雑な女心、男と女の理屈どおりにはいかない不可思議な関係がリアルに浮かび上がってくるのである。
これこそが「女を描く監督」成瀬巳喜男の真骨頂といえよう。
「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」林芙美子が歌ったこの歌どおりの波乱に満ちた人生が成瀬巳喜男の職人技で魅力的に描かれた映画である。
<2005/09/19>
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