1999年7月 NO.1
 
 
 
 
7/2 フェイス
(97イギリス)
 
 
 
 現在のイギリス映画におけるロバート・カーライルの活躍には注目すべきものがある。 
 ここ数年、「トレイン・スポッテイング」「フル・モンティ」「リフ・ラフ」「カルラの歌」「GO NOW」さらに未見ではあるが「司祭」といった話題作に次々と登場して、強い印象を残している。 
 そして、今回は再び「司祭」のアントニオ・バード監督と組んでイギリス流のフィルム・ノワールに挑んでいる。 
 イギリス映画に共通する現実感覚が濃厚に漂う映像のなかで荒っぽい現金強奪やそこから派生していく裏切りや友情、さらには恋人や家族との愛憎などが力強く描かれていく。 
 このように登場人物たちの生活の背景が綿密に描写され、さらに現在のイギリスが抱える社会問題がさりげなく挿入されることで独特の肌合いが生まれており、どんどんと物語のなかに引き込まれていく。 
 先の読めない展開とロバート・カーライルの苦渋の表情に素直に感情移入されていく。 
 仲間からいち目おかれた存在の彼が時折見せる弱々しい表情が秀逸である。 
 とくに進退窮まった彼が母親に泣きつく場面がことの他印象に残る。 
 こうした弱みや悲しみがこの主人公をふくらみのある豊かなものにしているのである。 
 また彼の相棒役を演じるレイ・ウィンストンも彼同様になかなかいい味を出している。 
 ゲーリー・オールドマンの初監督作「ニル・バイ・マウス」で初めて知った俳優だが、その延長線上にあるような役柄を好演している。 
 ハリウッド製フィルム・ノアールとはひと味違った雰囲気が味わえる好一編である。 
 しかし、女性でここまでフィルム・ノワールの世界を描けるとは、アントニア・バードという監督はただものではない。 
 

 
製作総指揮 アナント・シン 製作 デビット・M・トンプソン/エリノア・デイ
監督 アントニア・バード 脚本 ロ−ナン・ベネット 撮影 フレッド・テイムズ
音楽 アンディ・ロバーツ/ポール・コンボイ/エイドリアン・コーカー
出演 ロバート・カーライル/レイ・ウィンストン/デーモン・アルバーン
スティーブン・ウォディントン/フィリップ・ディビス/レナ・ヘディ
ピーター・ヴォーン/スー・ジョンストン
 
 
 
 
 
 
 
7/3 キリコの風景
(98日本)
 
 
 
 「キリコの風景」ときて最初に連想したのはシュール・レアリズムの画家、ジョルジュ・デ・キリコの名前と作品である。 
 現実の風景のようにも見えるが、どこか歪んだ現実にはありえない夢のような世界。 
 そんな作品のイメージをもちながらこの映画を観た。 

 シナリオが森田芳光、監督が明石知幸という「免許がない」のコンビである。 
 ジョルジュ・デ・キリコ、森田芳光、そして舞台となる函館の街とつなげてくると次第にあるイメージを指し示し始める。 
  現実のようで現実でない世界、安定感の欠けた浮遊する感覚、そういったイメージがおぼろげに浮かんでくる。 
 そう、この映画はまさにそうしたイメージの世界の物語なのである。 
 函館空港に降り立ったひとりの男(杉本哲太)がタクシー待ちの列に並んでいる。 
 次々と来るタクシーが客を乗せていくが、この男はなぜか自分の順番が来てもタクシーには乗らず後の客にタクシーを譲っていく。 
 そしてあるタクシーがやってくるとそれを待っていたかのように今度はそのタクシーに乗り込んでいく。 
 彼はそのタクシーの運転手(勝村政信)に奇妙な話を持ちかける。 
 タクシーを一日貸し切って函館のマンションを見て回りたいというのだ。 
 運転手は承諾して、知り合いの不動産屋(利重剛)を紹介することになる。 
 こうして3人連れだってのマンション巡りが始まるのだが、この男、村石はマンションを訪ねると奇妙な行動を開始する。 
 入り口に並んだ郵便受けを探るような目つきで凝視する。 
 そして何かを感じたような態度でそのなかの一軒を訪れるとそこの住人の悩み事や隠し事を言い当てて、彼らの生活態度を改めるように諭すのである。 
 諭された住人たちは一様に素直にその言葉に従おうとする。ある者は彼のような人間が現れるのをひそかに待ち望んでさえいたのだ。 
 そんな不思議なマンション巡りが続いていく。 
 連れだったふたりは次第に村石の神がかった態度に魅了されていく。そして・・・・ 
 と、こう書いていくと超能力者のSF的な話かと思ってしまうのだが、そうではなくて実は村石は過去にインチキな消火器セールスの詐欺事件を起こし、それがもとで妻は彼のもとを去ってしまったのだが、もういちど彼女を捜し出してやり直そうとしている男なのである。 
 不思議な力は服役中に自分の罪を悔い改めようと精神を集中していた際に偶然身につけたものだというのである。 
 浮き世離れした不思議な街歩きがなにを意味するものなのか結局のところよくはわからないのだが、こうした行動がこの映画に独特の浮遊感覚をもたらしており、まさに「キリコ」的な意味不明の世界に紛れこんでしまうことになるのだ。 
 さらに捜していた妻、キリコ(小林聡美)が登場するや、村石の超能力はとたんに力を失い、それまでの謎めいて毅然としていた態度が急にしぼんで、ひとりの情けない中年男になってしまうのである。 
 彼はなんとかその能力を彼女に解らせようと試みるが、彼女に簡単に鼻であしらわれて能力を発揮することが出来ない。 
 この辺の落差はなかなか笑えるところである。 
 また元夫婦であったふたりの会話も慣れ親しんだ者同士の近しさと適度の距離を感じさせてなかなか微妙な味わいがあり、そこはかとない哀歓を感じさせるのだ。 
 なにかが起こりそうな予感はあるものの特別なにも起こらず、村石の超能力も本当のところは何だったのか、あるいは超能力など最初から存在しなかったのでは、などといった不思議な謎と余韻を残して映画は終わることになる。 
 言葉ではなかなか表現しにくいこうした気分の映画はけっこう好きである。 
 そしてこのような種類の余韻というのは意外と長く後をひきそうな気がするのである。 
  


 
監督 明石知幸 脚本 森田芳光 撮影 高瀬比呂志 音楽 木根尚登
出演 杉本哲太/小林聡美/勝村政信/利重 剛
 
 
 
 
 
  
 
7/3 でべそ
(96日本)
 
 
 
 昔、ストリップ劇場のマネージャーだか照明係かをやっていた林征二というエッセイストの書いた本を読んでストリップの世界の楽しくも侘びしい、だが力強い生き方に強く惹かれたことがあった。 
 彼は弘前市の「日江劇場」というストリップ小屋の住人で、偶然にも20数年前弘前に越してきた私は何度かその劇場の前を通っては「ここがあの林征二氏の根城なのか」などと感慨に耽ったものだが、とうとう劇場にはいちども足を踏み入れることがなく、その後、林氏は若くして亡くなられ、「日江劇場」も時代の波に埋もれるようにして取り壊されてしまったのである。 
 今村昌平監督の「赤い殺意」の心臓病の犯人(露口茂)も場末のストリップ劇場のトランペット吹きで、落ちぶれ果てた孤独な男であった。 
 また神代辰巳監督の名作「一条さゆり・濡れた欲情」もストリッパーとヒモのおもしろ悲しい世界を描いて秀逸であった。 
 映画「でべそ」を観ながらこうした記憶を久しぶりに思い出したのである。 

 この映画はこちらも一昨年劇場を閉めてしまった東京渋谷の道頓堀劇場の劇場主、矢野浩祐氏が書いた自伝がもとになっており、それを「鬼火」「恋極道」の望月六郎が監督している。 
 やくざで名をあげようとしたチンピラやくざが鉄砲玉としての役目をまっとうできず、殺人未遂で服役し、出所後はやくざから足を洗ってストリップ劇団の太夫元(マネージャー)になるという話である。 
 このヤクザ崩れの主人公を演じるのが片岡鶴太郎。 
 そして相手役の看板ストリッパーを川上舞麻衣子が演じている。 
 昭和50年代という時代背景を巧みに再現しながら「ストリップ」という特殊な世界を本音で生きる人間たちの生態を面白おかしく描いていく。 
 性に対しておおらかな、いわば原始母系家族とでも名付けたいような集団の姿が一種のユートピア世界のように描かれている。 
 堅気の世界から落ちこぼれたはみ出し者たちが見栄や外聞を気にせずに、自分たちの欲望に忠実に生きる姿や人情を深い共感をこめて描いており、爽やかな印象である。 
 片岡鶴太郎、川上麻衣子も他の出演者同様、裸の熱演で見事である。 
 とくに川上麻衣子はステージで「天狗オナニー・ショー」まで披露する潔さで、なかなかの女優根性を見せている。 
  


 
製作 横内正昭 /椙本英雄 監督 望月六郎
原作 矢野浩佑 脚色 佐伯俊道 撮影 石井浩一
美術 佐々木敬 音楽 竹村次郎
出演 片岡鶴太郎/川上麻衣子/寺田農/奥田瑛二/西尾悦子
 
 
 
 
 
 
 
7/5 交渉人
(98アメリカ)
 
 
 
 凄腕のプロ同士のハイレベルの駆け引きが存分に味わえるサスペンス・アクションである。 
 交渉人、聞き慣れない言葉だが、人質事件の際、人質の人命を最優先に犯人とギリギリの交渉を行う警察官のことである。 
 その交渉はあらゆるデータと高度なテクニックを使ったもので、犯人の心理を読み、巧みに犯人を誘導しながら事件を解決に導いていくというものだ。 
 そうしたテクニックと数々の経験を積んだプロ中のプロが人質をとって立て籠もるとどうなるかというのがこの映画の設定である。 
 そして彼が交渉役に指名する相手がこれもプロ中のプロの交渉人というわけである。 
 両者の知力を尽くした交渉の駆け引きは見応えがある。 
 相手の裏をかき、いかにこちらの手の内を読ませずに相手の出方の先をいくか、そうしたゲームを見るような面白さとスリルに満ちている。 
 本物のプロの仕事とはどういうものかということをここでは存分に見せてくれるのだ。 
 立て籠もる交渉人をサミュエル・L・ジャクソンが、指名された交渉人をケビン・スペイシーが演じているが、どちらも芝居のうまさと存在感には定評のあるところで、見事な演技合戦が見どころである。 
 さらに先頃亡くなったJ・T・ウォルシュが人質のひとりとして渋いところを見せてくれている。おそらくこれが彼の遺作になってしまったのではなかろうか。 
 タイトルバックにも彼への追悼の言葉が添えられていたのが印象的であった。 
  
 サスペンス・アクション・ファンにはこたえられない一編である。 
  

 
製作総指揮:ロバート・ストーン、ウェブスター・ストーン、デイビッド・ニックセイ
製作 デイビッド・ホーバーマン、アーノン・ミルチャン
監督:F・ゲイリー・グレイ 脚本:ジェイムズ・デ・モナコ、ケビン・フォックス
撮影:ラッセル・カーペンター 音楽:グレイム・レベル
出演 サミュエル・L・ジャクソン/ケビン・スペーシー/デイビッド・モース
J・T・ウォルシュ/ロン・リフキン/ジョン・スペンサー/シボーン・ファーロン
 
 
 
 
 
 
 
7/6 ポストマン・ブルース
(98日本)
 
 
 
 前作「弾丸ランナー」で誤解や偶然性が重なることで思わぬ結末へと疾走していく物語を強引かつおもしろく作り上げていたが、そのエネルギーはここでも健在で、そのドタバタぶりはさらにいちだんと研きがかかったものになっている。 
 いわば連想ゲームのようなおもしろさというか、「風が吹いたら桶屋が儲かる」式のおもしろさ、子供が自由気ままにイメージ遊びをしているようなおもしろさがここにはある。 
 しかし考えてみれば、現実の世界にも多かれ少なかれこうした誤解や誤認によって構築されているというところもあるわけで、そうした部分を拡大していけばこういった物語が成立するということであろう。 
 そんな馬鹿なと思いながらも現実に思い当たることがあるだけにブラックな笑いに反応し、思わず笑ってしまうということだ。 
 さらにはラストの頓死へと雪崩れ込んでいく展開は前作と同様だが、今回はそこにいささかセンチメンタルな悲しみという要素が加えられているのである。 
  

 
監督・原案・脚本 サブ 撮影 栗山修司 音楽 岡本大介
出演 堤真一/堀部圭亮/遠山景織子/大杉蓮
清水宏 /滝沢涼子/田口トモロヲ/磨赤児
 
 
 
 
 
 
 
7/8 オースティン・パワーズ
(97アメリカ)
 
 
  
 評判のバカ映画ということで期待して観てみたのだが、いまひとつ乗り切れなかった。 
 音楽、ファッションともにバリバリの60年代を再現し、「007」をパロディ化するという路線は悪くはないが、下ネタを中心としたギャグも苦笑程度で、大爆笑というところまではいかなかった。 
 おそらく微妙な感覚のくすぐりがあるのだろうが、こちらの勉強不足ということもあってか、その辺がよくわからずにもどかしい思いをするばかりである。 
 結局、全体の印象は散漫で、あまり記憶には残らないが、逆にディテールだけが妙に印象に残ってしまった。 
 マイク・マイヤーズ独特のしぐさ、たとえばパワーズの歯をムキ出したまぬけな笑い顔、ドクター・イーブルの小指を口にあてたキメのポーズ、さらにはダンスや衣装や音楽といったもの、そうしたディテールだけが不思議と頭にこびりついて離れない。 これはいちどはまると意外とクセになってしまいそうなテイストである。 
 こうした印象は「ウェインズ・ワールド」を観たときも同様で、この種の映画ではそうしたディテール部分を楽しめさえすればあるいは十分なのかもしれないなというふうにも思ってしまった。 
  
 
製作総指揮 エリック・マクレオド/クレア・ルドニック・ポルステイン
製作 スザンヌ・トッド/デミ・ムーア/ジェニファー・トッド
製作・脚本 マイク・マイヤーズ 監督 ジェイ・ローチ
撮影 ピーター・デミング 音楽 ジョージ・S・クリントン
出演 マイク・マイヤーズ/エリザベス・ハーレー/マイケル・ヨーク
ミミ・ロジャース/ロバート・ワグナー/バート・バカラック
 
 
 
 
 
 
 
7/10 制服の処女
(31ドイツ)
 
 
 
 旧世代と若さの断絶、管理する者とされる者の葛藤というテーマはいつの時代にもあるもので、いまから60年以上前のこの映画でもそれが鮮やかに描かれている。 
 ドイツの厳格な寄宿舎を舞台に教師と生徒たちの日常を描いたこの物語はピーター・ウィアー監督の「いまを生きる」の女性版といったところである。 
 「貧しさと規律がドイツの美徳を生み出した」とする校長と生徒の自由を尊重しようとする若い女教師の対立、さらに彼女を慕う女生徒たちといった構図が寄宿舎という特殊な世界のなかで描かれる。 
 出演者、原作、脚本、監督がすべて女性という女性独特の視線に貫かれた映画である。 
 こうした物語を観ていると、やはりいつの時代でも若さというエネルギーは押さえようのないもので、押さえつけようとすればするほど歪な結果を招くものなのだということをあらためて認識させられる。 
 そしてそれをいい方向へと導ける者がいるかいないかでその後の人生がずいぶんと違ったものになってくるということだ。 
 管理と自由という問題は微妙なさじ加減が必要なものなのだ。 
  

 
監督 レオンティーネ・サガン/カール・フローリッヒ
原作・脚本 クリスタ・ウィンスロー 撮影 R・クーンツ/F・ウェイメイル
音楽 ハンソム・ミルデ・マイヤー 出演 ドロテア・ピーク
ヘルタ・ティーレ/エミリア・ウインタ
 
 
 
 
 
 
 
7/12 スター・ウオーズ エピソード1
(99アメリカ)
 
 
 
 おそらく今年最大の話題の映画といっていいだろう。 
 これを観ずして1999年の映画は語れない。  
 大げさでなくそう思わせる超大作である。 
 昨年話題を呼んだ「タイタニック」に続く大きなイベントである。 
 さらに全米公開に関する派手なニュースを聞くにつれ、史上最大の興行収入をあげた「タイタニック」にどこまで迫ることができるのかといった野次馬的な興味もわいてくる。 
 これはこれまでの「スター・ウォーズ」3部作によって培ってきた人気と話題の成果といったものにちがいない。 
 そういった意味では一昨年の「もののけ姫」の場合と似たものを感じるのである。 
 「風の谷のナウシカ」に始まった宮崎アニメの長期的な実績が「もののけ姫」という作品への大きな期待につながって、記録破りの成果を生み出したという図式と共通しているように思えるのだ。 
 さらにこれに先立つ2年前に特別篇を公開したという撒き餌のような戦略も今回の盛り上がりの重要な要因になっているようだ。 
 さて、どんな結果を生み出すのか、興味津々といったところであるが、映画を観ての予想をいえば、おそらく苦戦を強いられるのではなかろうか。 
 確かにSFXの完成度の高さは目を見張るものがあり、素晴らしい異次元を体験させてくれる映画ではあるが、それ以上でも以下でもないというところである。 
 「タイタニック」や「プライベート・ライアン」で感じたような驚きや身を固くした緊迫感といったものはなく、ストーリーの展開も予定通りに進んでいくというごくありふれた内容で、アクションも通り一遍の凡庸なものである。 
 高いレベルのSFXに芝居のレベルがついていけなかったという印象なのだ。 
 「スター・ウォーズ」という映画はそういったふうにドラマの内容を云々する種類の映画ではないということは百も承知だが、果たしてこうした印象が今後の観客動員にどういった影響を与えるものなのか、しばらくは注目してみたい。 
  
 
監督・脚本・製作総指揮 ジョージ・ルーカス 製作 リック・マッカラム
撮影 デビッド・タッタソール コンセプトデザイン監督 ダグ・チャン
プロダクションデザイン ギャビン・ボケット クリーチャー・エフェクツ ニック・ダッドマン
視覚効果監修 デニス・ミューレン/ジョン・ノール/スコット・スクワイヤーズ
音楽 ジョン・ウィリアムズ 出演 リーアム・ニーソン/ユアン・マクレガー
ナタリー・ポートマン/ジェイク・ロイド/レイ・パーク/テレンス・スタンプ
サミュエル・L・ジャクソン/ペルニラ・アウグスト/イアン・マクダーミド
 
 
 
 
 
 
 
7/13 相続人
(98アメリカ)
 
 
  
 ジョン・グリシャムが映画用に書いたオリジナルストーリーをロバート・アルトマン監督が映画化したミステリー。 
 一夜限りのアバンチュールの相手のトラブルに関わったことから大きな事件に巻き込まれてしまうというあたりは同監督の「ザ・プレイヤー」にどこか似た設定と雰囲気をもっている。 
 だがこちらの主人公は映画のプロデューサーというわけではなく、過去8年間負け知らずという敏腕の弁護士で、優秀なエスタブリッシュメントという点では共通している。 
 彼がどんどんと罠に落ちていく展開はジョン・グリシャムらしいミステリアスな展開でなかなか見せるのだが、やはりこれまでの「ザ・ファーム法律事務所」「依頼人」といったグリシャム原作ものと同様で、謎解きの部分に入っていくにしたがって面白さが半減してしまう。 
 事件の展開にハリケーンの襲来をからませるあたり、なかなか興味をもたせる演出もあるが、(このあたりは「スネーク・アイズ」を連想してしまうが)解明された謎が平凡でいささかがっかりさせられる。 
 さらに追い打ちをかけるようにがっかりさせられたのはこの肝心のシークエンスの画面が暗すぎてほとんど何もわからなかったということだ。 
 これはレンタル・ビデオで観たのだが、暗闇と豪雨で画面の展開がほとんど見えず、字幕と想像力に頼るだけという状態であった。 
 なんとか我慢をしたものの、クライマックスがこれではまったくひどい話といわざるをえない。 
 映画の内容以前の問題である。 
 まったくどうしようもなく不愉快な気持ちになってしまったのである。 
 だが時にはこういう不運もあるということだ。 
 その点ではこの映画の主人公同様の不運に見舞われたわけで、同病相哀れむと云ったところかもしれない。 
  

 
監督 ロバート・アルトマン 脚本 ジョン・グリシャム
撮影 クー・チャンウェイ 音楽 マーク・アイシャム
出演 ケネス・ブラナー/エンベス・デイビッツ/ロバート・ダウニー・ジュニア
ダリル・ハンナ/ロバートデュバル/トム・ベレンジャー/ファムケ・ジャンセン
 
 
 
 
 
 
 
7/15 踊る大捜査線 THE MOVIE
(98日本)
 
 
 
 高視聴率をとったTVシリーズ「踊る大捜査線」が98年秋に「THE MOVIE」と銘うって映画になったが、こちらも予想以上のロングラン、大ヒットであった。 
 その映画のビデオレンタルが早くも開始されたということで、さっそく借りてきた。 
 「湾岸署史上最悪の3日間」という惹句からも分かるようにつぎつぎと起きる難事件に騒然となる警察署の様子がおもしろおかしく描かれる。 
 登場人物が大勢で、それぞれがカリカチャアライズされているといったところや、警察内部の悪しき官僚主義が皮肉たっぷりに描かれているところなどはどことなく三谷幸喜の「ラジヲの時間」に似た雰囲気を持っている。 
 こうした大勢のキャラクターが明確に描き分けられているというのもテレビ放送で十分に錬られたものが反映されてのことであろう。 
 いささか出入りの激しい内容にいくぶん分かりにくい点はあるものの、そうしたことも大して気にはならずに、ラストまで快調に突っ走っていく。 
 「天国と地獄」や「羊たちの沈黙」といった名作ミステリーの再現も適当な味付けになっている。 
 また現代社会をさりげなく風刺した事件の描き方などもあまり重くならず、適度な抑制を感じる。 
 そして最後に用意された泣かせどころもなかなかツボをおさえたもので、わかってはいても思わずホロリとさせられる。 
 若い層を中心にアピールしたのもなるほどと思わせる内容であった。 
  
 
製作 村上光一/中村敏夫 監督 本広克行 脚本 君塚良一 撮影 藤石修 音楽 松本晃彦
出演 織田裕二/柳葉敏郎/深津絵里/水野美紀/ユースケ・サンタマリア/小野武彦
北村総一郎/浜田晃/隆大介/筧利夫/小泉今日子/神山繁/いかりや長介
 
 
  
 
 
 
 
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