2011年6月11日
 
 
ケンタとジュンとカヨちゃんの国
 
 
2009年日本作品。  上映時間131分。 監督/脚本: 大森立嗣 プロデューサー: 土井智生/吉村知己/中野朝子 企画: 菊地美世志/田中正/孫家邦 撮影: 大塚亮 美術: 杉本亮 衣装: 伊賀大介 編集: 普嶋信一 音楽: 大友良英 出演: 松田翔太/高良健吾/安藤サクラ/宮崎将/柄本佑/洞口依子/多部未華子/美保純/山本政志/新井浩文/小林薫/柄本明
 
けっしてよく出来た映画というわけではないが、なぜか心に残る映画。
監督は大森立嗣、「ゲルマニウムの夜」に続く2本目の監督作品。
「ゲルマニウムの夜」もそうだったが、この映画も重く沈んだ心象風景が映し出される映画であった。
主人公のケンタ(松田翔太)とジュン(高良健吾)はともに孤児院育ちの幼馴染、今は解体作業会社の作業員として働いている。
工事現場で電動ブレーカーを使い、ひたすら壁を壊す仕事をこなしている。
厳しい作業内容、低い賃金、しかも職場の先輩・裕也(新井浩文)による理不尽ないじめという毎日のなかで、やり場のない鬱屈を抱えて生きている。
ある日、ふたりは裕也のクルマを壊し、事務所をメチャクチャにし、会社のトラックを盗み、ナンパしたカヨちゃん(安藤サクラ)といっしょに網走へと向かう。
そこではケンタの兄のカズ(宮ア将)が網走刑務所で刑期を勤めている。
彼は裕也からロリコンを理由に馬鹿にされ、その腹いせに裕也をカッターナイフで傷つけたのであった。
こうして3人の逃避行が始まるのだが、その先には、現状を変えるような希望はなく、ただ果てしない不毛の風景が拡がるばかりであった。
そして痛々しく救いのない3人の姿を、これでもかと見せていく。
そこには現代の若者たちの多くが、無意識のうちにも抱え持っている渇きや絶望といった寒々しい心象風景が、垣間見えるようであった。

監督の大森立嗣は、暗黒舞踏家、麿赤兒の長男、俳優の大森南朋の兄である。
またケンタを演じた松田翔太は松田優作の次男、そして松田龍平の弟である。
さらにカヨちゃんを演じた安藤サクラは奥田瑛二、安藤和津の次女。
このほかにも柄本明の息子柄本佑、宮アあおいの兄である宮崎将、といったぐあいに2世俳優や血縁俳優たちが大勢出演している。
これは偶然のことなのか、それとも意図したものなのか。
判然とはしないが、監督の大森立嗣の「親の七光りだけでやっているのではないゾ」といったメッセージが暗に込められているのではないかと云う気がした。
そう思えるほど実力や魅力に満ち溢れた2世俳優や血縁俳優たちであった。
また2世俳優や血縁俳優ではないが、ジュンを演じた高良健吾と裕也を演じた新井浩文の存在も心に残った。
高良健吾はここ数年出演作が目白押し、しかもどの映画でも味のある演技を見せており、今売れに売れている若手俳優である。
新井浩文は「ゲルマニウムの夜」に続く大森立嗣監督作品への出演である。
彼はどの映画でも強烈な存在感を見せてくれる俳優だが、陰湿な虐めを繰り返すこの映画での裕也の存在感も忘れがたい。

エンディングで流れる岡林信康の曲「私たちの望むものは」には意表を衝かれた。
しかしこの選曲はこの映画にはぴったりであった。
歌うのは、阿部芙蓉美、初めて知った歌手だが、けだるく囁くように歌う彼女の歌声に痺れてしまった。
この歌が映画の余韻をさらに深いものにしてくれた。
同じように若者の焦燥や倦怠を描いた1971年の「八月の濡れた砂」が、エンディングに流れる石川セリの歌によって忘れがたい映画となったように。

阿部芙蓉美、ちょっと注目したい歌手である。

ところで大森立嗣監督の映画は3作目の「まほろ駅前多田便利軒」が現在上映中である。
この映画では弟の松田翔太に代わり、今度は兄の松田龍平が主演をしている。
こちらも楽しみな映画である。
<2011/6/13>

 
 
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